31歳のキャンパスライフ

31歳、独身、実家暮らし、通信学生社会人の日常日記です。

たまごが先か、にわとりが先か

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こんばんは。さきこです。

昨日、近所の公園を散歩していたらおじいさんに完成度高めな笹舟をもらいました。

ありがとうございます、お部屋のインテリアに仲間入りしています、けど、何故?

 

さて、前回は仕事にしよう!と思うほど好きだったはずの「映像」という分野が、実はそんなに好きではなかったことが判明。

そもそも、私はどのようにして「映像」に興味を持ったのでしょうか。

 

幼少期、特別に映画やドラマが好きだったり、アニメオタクだったりという子どもではありませんでした。人並みに見る程度。それは今でもあまり変わっていません。

そんな私が「映像」に興味を持ったきっかけは、高校時代まで遡ります。

私が通っていた高校は、当時ではまだ珍しい総合選択制の学校でした。大学のように生徒が自分で自分の時間割を決められる制度を取り入れた学校です。授業はもちろん、その他の活動でも生徒の自主性を重んじていました。

高校2年生の秋、私は文化祭の実行委員をしていました。イベント係のリーダーという役職付きで。

イベント係は、前夜祭、後夜祭の運営が主な仕事。来客者からは見えないイベントですが、生徒にとっては楽しみなイベントの一つ。いわば花形の仕事で、代々学校内でも目立つ、知り合いが多い先輩方がやっていた印象があります。

で、私ですが、特に目立つ存在ではありませんでした。友達も限られた行動範囲の中のみで、社交的であったわけでもない。

そんな私が何故イベント係のリーダーをやったのか。ここの理由がいまいち思い出せないのですが、歴代に比べて地味目なイベント係リーダーでした。

地味でも見返してやる!みたいな気持ちも特になく、というかそんな余裕もなく、仕事を進めていました。イベント係の他メンバーと「何がしたいか」を話しているとき、これも何のきっかけで出てきたのか覚えていないのですが、「後夜祭でオープニング映像を流したい」という話になりました。

前夜祭、後夜祭は、校内にある多目的ホールで行われます。多目的ホールは小さな劇場みたいな感じで、ちゃんとステージがあって、客席は階段状になっていました。その壁面にプロジェクターで大きく投影したらかっこいいよね、と。

担当の先生に最初相談した時は却下されました。プロジェクターを会場内に設置し、壁に投影すると、テンションが上がった生徒たちに倒されて危ない、という理由で。

それでも、いろんな人の協力を得て最終的に「後夜祭でオープニング映像を流す」という企画はOKが出ました。映像制作担当は私でした。

内容は単純で、文化祭準備から当日の様子を撮影、時系列で並べて、さあ、これから始まる後夜祭で全部おしまいだよ!的なもの。タイムラインにぶつ切りの映像を繋いで、音楽をつけて、最後にちょっとテロップを入れる。それだけ。

けれど初めての映像制作、「それだけ」でも大変なことでした。スマホなんてない時代、今みたいにスマホで撮って、アプリでつないで、なんて事はできませんでした。ビデオカメラで撮影して、パソコンに取り込んで、編集ソフトで作業して。人生で初めて徹夜で作業し、やっと出来た!と思ったらパソコンのスペックが低くて書き出せなくて途方にくれたり。要は「すごい頑張ったけど形にはなった」程度の出来だった訳です。自信なんてない、けど、もう進行表に乗ってるし流すしかない。

当日。私は舞台袖にいました。お客さんが見えない位置。会場内の音は扉一枚を隔てて聞こえます。開演前のざわざわとしている会場の照明が落ちて、うわーってなって、ちょっと静まって、映像が流れます。5分ちょっとの映像。しんっとした会場。見えないお客さんの顔。暗い舞台袖で、耳を澄ませて反応を窺います。

そして映像が流れ終わったとき、想像もしていなかった歓声が沸きました。

脳内美化して大袈裟な表現になっているかもしれません、けど、うれしかったなあ。目立たない私でもこんな風にたくさんの人の感情を動かすものを作れるんだあ、って思いました。映像ってすごいな、強いなって。そうして「映像制作」に興味を持ち始めました。

ここでの成功体験から、大学は映像学科のある学校に進学、在学中に映画館と、結婚式場での映像オペレーターのアルバイトをして、イベント映像会社に就職。この流れは一見とてもスムーズです。

けど、私がうれしい、と感じたのは「自分が作った映像作品が他者に認められた」からではなかったと思う。「目立たない存在の自分でも、他者の感情を動かす何かを作れるんだ」と知ったからだと思う。映像はその時、たまたまあったツールです。

確かに映像はすごい。何がすごいのか上手に表現できないけど、とても強いコンテンツです。だからそれを専門にしている人を格好良いと思うし、憧れもする。

けど、間違えちゃいけない。私は「人の心を動かせる映像が作れたこと」に喜びを感じたのではない。「人の心を動かす何かを自分でも作り出せたこと」に喜びを感じたんだ。

 

以上の感傷的な振り返りから次のことがわかります。

 

・私は「人の心を動かす何かを作り出す事」に興味がある

・映像はその手段のひとつではあるが、手段はもっと幅広くても良いと思っている

 

ざっくりですが、今日のところはここまで。この結論をひとつのヒントとしてこの先の転職活動を進めていきたいと思います。

次回は2社目、企画会社にいた時のお話です。

 

≪余談≫

まあ、そもそも私のいた会社はコンテンツ制作会社ではなかったのでロジックおかしいのですが。細かく書いていくとキリがないし、ただの自叙伝になってしまうので。詳細を聞きたいなっていうちょっと変わった方は飲みにでも連れっててくださーい。