アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

継続すること、について ‐休むことができなくなった理由を考える‐

こんばんは、さきこです。

久しぶりに電車で寝過ごしました。なんか、とても気持ち良かった…ただ、お陰で帰る時間が遅くなり、更にそのお陰で綺麗な空を見る事ができました。遅いと言っても夕方…ニートなので行動時間が早いのです、ご了承ください。

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さて今回は、いつから自然にリラックスできなくなったのか、を掘り下げていきます。

振り返ってみると、3つの期間に分けられました。「自然体期」「後ろめたい期」「もったいない期」です。それぞれまとめていきます。

 

≪自然体期/誕生~中学1年生≫

まず、自然体期はその名の通り、自然にリラックスできていた時期です。本能のまま遊んで、お腹が空いたら食べて、疲れたら眠ってという、いろいろと深く考える前の時期。

 

≪後ろめたい期/中学2年生~イベント会社在職中≫

転機は中学校で入っていた部活です。ハンドボール部でした。昔はそこそこ強かったけど、当時はそうでもなく、入った当初はゆるゆるとした雰囲気でした。

ところが2年生になる頃、ガチで指導できる先生が赴任してきました。部内の雰囲気はガラリと変わりました。練習方法も変わって、朝から晩まで部活をしていたイメージがあります。真面目な私は先生の期待に応えようと必死で頑張っていました。

そして3年生の夏、引退後。ずっと部活をしていた時間がぽっかり空いて、そうしたらよく分からない不安に襲われました。

ほぼ強制されていたような練習の日々がなくなった途端、何もすることがない状態に後ろめたさを感じました。

そのパワーが受験勉強に向いて、当時筆記試験でも倍率が2倍を超える(平均倍率が確か1.2~1.4とかだった気がします)第1志望校に入れたのですが、その時からうまく休めなくなっていった気がします。

高校では部活や体育祭・文化祭の実行委員活動をし、大学ではバイトに精を出し、イベント会社に入社。そこにはびっくりする程働いている人たちがたくさんいました。

今思い返せば、休みの取りやすい雰囲気の会社でした。けれど、当時の私は休むことに抵抗があった。先輩や上司が働いているのに…という思いがあった、というよりかは、働かないと置いていかれるような恐怖感があったのだと思います。

もっともっと働いて、もっともっと出来るようにならなければ、みたいな。

結局、会社というより、そこにいることで自分が陥ってしまう「働かなければ!」という精神についていけなくなって辞めてしましました。

 

≪もったいない期/企画会社在職中~最近まで≫

そうして、私は働く時間がしっかり決められている会社を選んで転職をしました。みんな同じなら、置いていかれることもない。

企画会社に入ったばかりの頃は、他の社員の方同様、ほぼ定時で仕事を終え、平日の夜も土日も全部自分の時間でした。

これで、やっと余裕のある生活ができる、と思ったのも束の間、「もったいない期」が始まります。

せっかく時間があるのに使わないのはもったいない!と、仕事終わりに飲みに行き、土日になれば友達と会う予定を詰め込み、習い事を始め、さらに空いた時間には映画館や美術館に足を運び、2~3ヶ月に一度は旅行に行く、というような生活。書き出しながら、アグレッシブだったなあ、と思います。

仕事のボリュームが小さいうちはそれでも良かったのです。

ただ、企画会社在職中、段々と仕事のボリュームが増えていくのですが、状況が変わってもこのハードなプライベートスケジュールを続けていました。むしろ、仕事のストレスからか、より友達への依存度が高くなり、予定は増えていたかもしれません。

通勤時間も睡眠時間も使って仕事をして、たまに早く上がれても「もったいない」から遊びに行く。そんな日々が続いていました。

そして心が壊れました。転職をしました。初めは注意していたのに結局同じような生活になりました。身体を壊しました。

 

もう、良くない連鎖は止めなければ、そんな思いもあって、北海道に行きました。

周りに何にもなくなって初めて、私は自分が休む時間を作ってなかったんだな、と知りました。やる事を探してもないから、仕方なくのんびりしてみると、とても気持ちが良かった。こういう事を求めていたのだな、とやっと気付いたのです。

今日は天気が良いから太陽を浴びながら本を読もう。今日は雨だから少し手の込んだ料理でも作ろうか。

係わる人は限られていたけど、係わりたいと思えば手が届く範囲にいつも誰かがいてくれました。

生きていくのに、ほんとはそんなにたくさんのものは要らないのかもしれない。

北海道での生活は、最終的に寂しくて帰ってきてしまったけれど、穏やかで、大事な事がたくさんわかる期間でした。

 

都会は、賑やかで色々と溢れています。

楽しい、おもしろい、かわいい、かっこいい、おいしい。

だから、空白ができた時、どれかから選ばなければならない気になる。

でも「何も選ばない」という選択肢もあるんだ。そんな当たり前の事にぐるぐる回って今、私は辿り着きました。

 

ただ、やっぱり溢れている場所にいると引っ張られてしまうのも確かで。

そこにはどうしても努力、というと大袈裟だけど、意識的に行動する必要があると思います。とりあえず、私にはその必要があります。

 

と、いう事で次回は、具体的にどうしていくのか、前回投稿の言葉を借りれば、「静の努力」の方法を考えていきます。

 

≪余談/わたしの好きなBUMPうた≫

今回は「大我慢大会」という曲をご紹介します。最新アルバム「Butterflies(2016)」に収録されています。このアルバムを引っ提げたツアーには参戦できてなくて妄想でしかないですが、これ、ライブでやったら絶対最後の方のコール&レスポンス楽しいと思う!と思っている曲です。歌詞サイトには載っていないのですが、「大声出すのは誰だ(僕だ) 元気になるのは誰だ(君だ)」という掛け合いがあって。ここ絶対盛り上がるでしょ!と思っている。今月末発売のライブDVDに収録されてるみたいなので早く見たい!てか、サンタさん!欲しいです!サンタさん!!…いや、うん、自分で買いますよ。で、特に好きな部分が以下です。

平気な顔してみたって あんまり上手じゃないみたい

元気を出すのは誰だ 最後笑ったのいつだ

涙の意味ってなんだ 考える価値などないか

 忘れた意味ってなんだ 考える価値などないか

考えたくなくても考え込んでしまう。考えたってどうしようもないのに、という時に、考える価値って本当にないのかな?そんなことないんじゃない?と言ってくれている気になるのです。

近年の藤くんはリスナーを引っ張っていきたいんだよ、というような気持ちをダイレクトに歌ってくれている気がして、とても心に響きます。