アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

聖なる夜に、おはなしでも。(再掲)

クリスマスイブの夜に投稿し、あまりの恥ずかしさにひっこめた記事です。

ただ、アクセス解析を見るとTwitterからこの記事に飛んでいただいている方が少なからずいらっしゃいまして…ありがとうございます。

なので、恥を承知で再掲させていただきます。

もはや転職とか全然関係ないです。本当、すみません。

広い心で受け止めていただき、暇つぶしにでもなれば幸いです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‐

≪ビンの中の少女≫

 

その少女は、ビンの中で暮らしていました。

毎日、そうたくさんではないけれど、幾人かの人たちが少女の前を通り過ぎていきます。

中にはこちらを見る人もいますが、誰一人立ち止まることはせず、誰一人少女に喋りかけることはありません。

誰も、少女を気にしませんでした。

少女も、何も気にしませんでした。

外の世界に多少の興味は抱いても、外に出たいと思ったことはありませんでした。

 

ある日のこと、灰色の空にちらちらと粉雪が舞っていた日のことです。

一匹の美しいちょうちょが少女の前に現れました。

モノトーンの世界に、それはまぶしいくらいの極彩色でした。

ちょうちょは、ビンの前で上に、下に、ひらりひらりと旋回してみせました。

近づいては遠のいて、また近づいて。ぼやけた灰色の世界に、くっきりと色を振りまきながら。

少女は見とれました。

ちょうちょはしばらくの間、ビンの周りを漂って、やがて遠ざかっていきました。

少女はちょうちょの行く先をずっと眺めていました。

ちょうちょがいなくなっても、ずっと。ずっと。

 

そうして、どれくらい時間が経ったでしょう。

気がつくと、粉雪のかわりに桜の花びらが舞いはじめるころでした。

コンコン、コンコン。

無機質な音がビンの中に響き渡りました。

振り返ると、一人の少年が立っていました。

「外に出たいの?」

少女はぼんやりと少年を眺めました。

「僕が出してあげようか?」

そう言うと少年は少女のビンによじ登り、意気揚々とビンの蓋を引っ張り始めました。

長い間、閉じられたままだった蓋はかたくなでした。

少年は顔を赤くして、指の先を白くして、力任せに蓋を引っ張ります。

蓋は動きそうにもありません。

うーん、うーんと踏ん張って、少年は蓋を引っ張り続けます。

ほんの少しだけ、蓋が動き始めました。

よし!と少年は嬉しそうに、さらに力をこめます。

少女はその光景を、ぼんやりと眺めていました。

やがて、きゅる、きゅる、とガラスとゴムがすれる音がビンの中に響き始めました。

きゅる、きゅる。ぎゅるる。

その音はビンの中で反響して、少女の身体の中にも響き始めました。

きゅる、きゅる、ぎゅるる。

そこにきて、初めて少女は理解をしました。

ビンの蓋が開くのだ、外の世界に出るのだ。

理解は感情になって少女の心に流れ込んできました。

空っぽだった心の器はすぐに満ちて、そして溢れました。

「いやだ!」

 

少年はおどろいて手をとめました。

少女も初めて聞いた自分の声におどろきました。

「だけど、外に出たいんでしょ?」

それきり 少女は喋りませんでした。

少年も喋りかけませんでした。

ビンの蓋は閉まったまま、またいつもの暮らしに戻っていきました。

 

けれど、何かが変わりました。

ふとした瞬間に、少女の心にちょうちょや少年が思い浮かぶようになりました。

その度に少女は落ち着かない気持ちになりました。

心がざわざわして、じっとしていられなくて。

気付くと少女は泣いていました。

はたはたと落ちる涙を見て、おどろいて、けれど止まらなくて。

泣いて、泣いて、泣いて。

しまいには、大きな声を上げて泣いていました。

けれど、ちょうちょは来ませんでした。

少年も来ませんでした。

泣いても泣いても、少女は一人ぼっち。

そのうち少女は泣きつかれ、眠りについてしまいました。

そして、夢を見ました。

 

あたり一面の極彩色、まぶしくて目を開けていられない。

だんだんと目が慣れてくると、カラフルな光が動いているのがわかりました。

それは、あの美しいちょうちょでした。

見たこともない白い花畑の中に少女はいて、あたり一面にたくさんのちょうちょが舞っています。

空は晴れ渡って、太陽は白い花びらや鮮やかな翅を惜しみなく照らします。

「ほら、外に出てよかったでしょう?」

振り返ると、あの少年がいました。

少年は少女をまっすぐ見て、笑っていました。

白くやわらかに明るい、あたたかな光景でした。

 

そこで、夢はさめました。

 

目が覚めても さっきと同じでした。

ビンの蓋は閉ざされたまま、少女は一人ぼっち。

少年も、ちょうちょもいません。

だけど少女の心は違いました。

 

少女は立ち上がって、両腕を伸ばしました。

ビンの蓋の古びたゴムの感触、初めての感触。

そして、掌いっぱいに力を込めて蓋を押し上げました。

ぽんっ。

蓋は、拍子抜けするくらい簡単に外れました。

少しおどろいて、でも、本当はずっと知っていた気がする。

ひとつ大きく息を吸って、吐いて。

少女はビンの外へ、自分の身体を押し出しました。

渾身の力を込めて。

今あるだけの勇気を振り絞って。

 

勢いがつきすぎて、ビンの口から転げ落ち、膝から血が出ました。

肘も少しだけ擦りむきました。

ひんやりとした風が、できたての傷口をなぞりました。じんっとした痛み。

ふっと見上げると、少女と同じくらいの年恰好の女の子が少女を見下ろしていました。

アイロンのかかった質のよさそうなワンピース。

とかされてつやつやの長い髪は、上品なリボンできれいにまとめられています。

女の子は少女と目が合うと、ついっと視線を外して去っていきました。

その去り際は凛としていて、そして、少しいやな感じの笑みを少女は見た気がしました。

女の子が立ち去った向こうには、たくさんの、たくさんの人がいました。

幾人もの人が少女を一瞥しては去り、また一瞥しては去っていきます。

ビンの中にいた時と同じなのに、少女は落ち着かない気持ちになりました。

ふと隣を見ると ビンに映った少女がいました。

やせっぽちで頭はぼさぼさ、着古した服は、薄汚れていてよれよれです。

夢から醒めた時の気持ちはどこかに消えて、息苦しいくらいの、きゅうっとした気持ちが少女をビンの中へ押し戻そうとしました。

 

そのときです。

あの美しいちょうちょがビンごしに少女の目にうつりました。

上に下に、ふわふわと不規則に舞うちょうちょは、とても儚く、今にも消えてしまいそうでした。

少女はちょうちょに手を伸ばしました。

ちょうちょはゆらゆらと少女に近づき、やがて、その指先に止まりました。

ビンの向こうの美しいちょうちょは、近くで見ると翅が傷ついていたり、触覚が不気味だったり、決して完璧ではありませんでした。

だけど、そこに確かにいました。

軽い身体を少女に預けて、翅を休めていました。

指先にかすかに感じる存在に、少女は見とれていました。

 

「…大丈夫?」

目をあげると、あの時の少年がいました。

「大丈夫?」

もう一度、少年が言いました。

少女は何も答えられず、じっと少年を見つめました。

少年は少し困ったような顔をして、そして、笑いました。

少女は何も喋らず、ただ目から涙がこぼれ落ちました。

「え、え、えっと、ごめんね。大丈夫?」

そう言って少年は少女の前にしゃがみ込みました。ぽろ、ぽろと涙は止まりません。

「えっと、えっと」

あわてる少年を前に涙は止め処なくこぼれてきます。

少年は、はっと思いついて、そしてその小さな腕で少女を抱きしめました。

ぽん、ぽんっと少女の背中でリズムをとります。

「大丈夫、大丈夫。」

ぽろ、ぽろ、ぽろぽろ。

「大丈夫、大丈夫。」

ぽろぽろ、ぽろぽろ、ぽろぽろぽろぽろ。

「…うう。」

「大丈夫、大丈夫。」

とうとう少女は声をあげて泣き始めました。

わあわあと大きな声をあげて。

その声に幾人もの人が振り向きました。

そして変なものを見るような目で一瞥し、去っていきました。

少女の目はその人たちを捉えていました。

でも、気にしませんでした。

少年が気にしていなかったから。

少女がどんなに泣いても、たくさんの人が怪訝にふたりを見ても、少年は少女の背中でリズムを刻みながら、大丈夫、大丈夫と言い続けました。

それはやさしくて、子守唄のようで、どうしてか懐かしいものでした。

 

そうして少女はビンでの暮らしにさよならしました。

ガラスに囲まれていない世界は、思わぬところで怪我をしたり、どうしようもなく落ち込んだり、ビンの中にはない苦しさがあります。

それでも少女は知っています。

落ち込んだ気分を慰めてくれる美しい景色があること。大丈夫と言ってくれる人がいること。怪我をしたら包帯を巻いてくれるあたたかい手があることを少女は知っています。

だからもう、少女はビンの中では暮らしません。

ひとりぼっちのビンの中は静かでぶれなくて楽ちんで、誰かがいる何も介さない世界は騒々しくて振り回されることもたくさんあるけれど。

それでも、その世界にはひとりでは起こりえない楽しいことが、嬉しいことが、たくさん、たくさん、たくさんあるって知ったから。

だから、少女はビンの外で暮らそうと、そう自分で決めたのです。

 

けれども、これは内緒なんですけどね。

時々、ほんとうに時々ですけれど、とてもとても疲れた時、少女はビンの中に戻ってくる時があります。ひとりぼっちで過ごす夜があります。

そんな少女をあなたは弱いと思いますか?ダメなやつだと言いますか?まあ、それはどちらでも構わないんですけどね。

ただ、どんなに酷い顔でビンの中に入っても、よれよれでもう立てないと思っても、少女はまた、ビンの外へ向かうのです。少し決意をしたような、けれどやわらかい表情で。

その顔をわたしはあなたにも見て欲しいと思う。

あなたにもそんな風に笑って欲しいなって、そんなことを思うんですよ。

 

おしまい

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‐

≪余談≫

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

何か感じていただければ幸いです、いや、読んでくださっただけでも有難いです。

良いお年を!