31歳のキャンパスライフ

31歳、独身、実家暮らし、通信学生社会人の日常日記です。

言葉を紡いで

こんにちは、さきこです。
今回で最終回。計らずも40回目の投稿とキリの良い数字になりました。
最終回はここまでちゃんと続けてきたご褒美として、自己満回でお送りします。

私は中学生くらいの時から、紙にその時の気持ちを書き留める趣味があります。
ポエミーな感じ。多かれ少なかれ誰もが通る道なのかも知れません。
ただ、私は30歳になった今でも続けています。意図的に、というか、なんか自然と。所謂こじらせ系女子なのでしょうか。わからんけど。
書き留めた言葉を読み返すと、当時起こった事とかその時の考え方とかが克明に見えてとても面白い。
「頑張らなきゃ」感がめっちゃ出てたり、「愛されたい」とか「でも、どうせわかってくれない」とか、すごーい悶々としている時代があったりする。
わかった風な言葉が並ぶ時もあって、なんか、可愛いなあ、愛おしいなあ、と当時の自分を愛でております。
きっと、また何年か後に見返したら、今の自分をそういう目線で見るのでしょう。私にとっての成長ってそういう事なのかもしれません。

移り変わる言葉の中で、変わらずに何度も出てくるフレーズがあります。
それが、「言葉を紡いで」です。
「言葉を紡いで」の後に続く言葉は時々によって変わります。
誰かと繋がりたい、ただ記録したい、いつかの自分を救いたい、いろいろです。
けれど、どんなものであれ、今まで私が紡いできた言葉は私の中だけで完結するものでした。

今回、初めて「転職活動」を通して自分の外側に言葉を紡いでみました。これは私にとってはとても大きなチャレンジでした。
最初はとても緊張したし怖かったです。投稿前に何度も読み返しました。PV数や星の数、読者の数の変動に敏感にもなりました。
けれど、今、最後を迎えて感じるのは「内側も外側もたいして変わらない」ということ。
というか、内も外も意識しているのは自分だけで他の人にとってはどーでも良いことなんじゃないかなってこと。
そう思えるようになったのは、きっと自分の中にちゃんと軸ができたからです。薄ぼんやりとしていたものが、この1年を通して、そしてこの転職活動を通して一応の形として成り立ったのだと思います。
この先、私はこうやって生きていくぞ、そういう、一応の、一旦の軸。この軸があるから内も外も関係なく、大丈夫だって思える。
傷付いたり、かなしくなったり、苛立ったりもします。けど、そこに溺れることはなくなりました。まだ溺れそうにはなるけど、溺れかけた時、助けてくれる人の手をちゃんと握れるようになったし、力を抜いて自然の浮力を使う方法もできるようになってきました。

言葉を紡いで。
今だったら、なんて繋げるだろうか、とこの記事を書こうと思ってからずっと考えていました。
今の私は、こう書きます。

やさしい、やわらかい、あたたかい
そんな言葉を、紡ぎたい

最後の最後に超絶抽象的な投稿、失礼しました。
右往左往しながら不器用に生きる私を「それでいいよ」と見守ってくれる父と母、落ち込んだりテンション高かったりアップダウンの激しい私を「おもしろい」と一緒に過ごしてくれる友達、おっかなびっくり一歩を踏み出す私に「全然大丈夫!とっても素敵!」と声を掛けてくださる人生の先輩たち、そして、推敲しまくった記事もあれば書き殴りのような記事もある不安定なこのブログを読んでくださった皆様に、伝えきれないくらいの感謝と敬愛を込めて。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

2017年1月27日  さきこ

《余談》
このブログ、今月で公開停止しようと思っていたのですが、第2の実家の父母に読んでもらいたく、もう暫く残させていただこうと思います。
彼らが読み終わり次第、速やかにいなくなりますので、どうぞそれまでよろしくお願いいたします。