アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

大きい仕事と、小さい仕事

数年前にデッサン教室に通っていた。

辞めてからもう、随分たつからデッサンの描き方はすっかり忘れてしまったけれど、先生から貰った言葉は残っている。

その一つが「大きい仕事と、小さい仕事」だ。
大きい仕事は、キャンバスに大体のあたりをつける作業のこと。全体を見て、バランスや濃淡を決める。
小さい仕事は、キャンバス内の一部に目を向けて、モチーフの質感や立体感などを描き込んでいく作業のこと。
この2つの仕事を繰り返し行っていくことで、バランスのとれた美しいデッサンになる。どちらかの作業に偏ってはいけない。行ったり来たりする必要がある。
大きい仕事ばかりしていると、大枠を撫でるだけで確信に切り込めない、なんともぼんやりしたデッサンになる。
小さい仕事が多くなると、その部分しか見れなくなって、細かい部分の修正に次ぐ修正で、気付いた時にはアンバランスなデッサンになる。

この原理はいろんなところに使える。
仕事だったら、目先の業務ばかりに追われていて、数年後のビジョンが描けずにいつまでたっても成長できず、逆に衰退するか限界がくる。
恋愛であれば、昨日今日のLINE通知ばかり気にしてしまい、相手の愛情を疑ったりして勝手に疲れて人生の伴侶を失うかもしれない。

行き詰まった時、わたしはこの言葉を思い出して、自分のパワーバランスを見返したりする。
こんな素敵な言葉をくれた先生に感謝だし、何よりずっと絵を描くことをやめなかった自分に(そして続けさせてくれた両親にも)感謝です。

小さい頃から絵画教室に通わせてもらい、なんだかんだでゆるりと付き合いのある「絵を描くこと」。特別うまいわけではない。それで食べていきたいと若い頃一瞬思ったけど、そこまで没頭するでもない。
要は「無駄なこと」として切り捨てられるものの一つです。
だけど、それを続けていたおかげで、壁にぶち当たった時に自分に戻ってこれる言葉を得た。

子どもたちと接する中で、学校の勉強なんてやったって無駄!絵なんて時間の無駄だよ、描きたくない!(絵日記書いてる時)と言われることがある。
それも、一理ある。
平方根の整数部分の計算なんて社会に出てから使ったことないし、「ありおりはべりいまそかり」はもはや呪文だ。
だけど、ね。何が君たちのこの先を助けてくれるかなんてわからないからさ、大人はとりあえずは提示するんだよ。

世の中にはいろんな人がいるから、わたしが好きなお絵描きがこの世からなくなればいいのにって思う人もいるだろうし、わたしが理解できない数式の定理を美しいと感じる人もいる。

君がどうなのか、君自身もきっとまだわかってないでしょう?

わたし自身も最近ようやく、こっちかなあと思えることが多くなってきたくらいです。
だからね、文句言いたくなる気持ちもわかるけど、まずはちょっとだけでいいからやってみて欲しい、なんでも。
学校の授業についていけなくてもいい。でも、教科書はチラ見してみてよ。少しでも不思議だな、とか、なんだこれ?とか思ったら答えてくれそうな大人に聞いてほしい。完璧な答えは出せないかもしれないけど、一緒に考えてくれるはず。
いろんなことを知ってみようとすること、間違いでもいいから自分の頭で考えてみること。
そうすると、いつしか自分の興味が見えてくる。おもしろい、たのしい、と思えることができてくる。
その先の未来には、同じ興味を持った人と、同じ言語で話せる、考えあえる嬉しさがある、とわたしは思う。というか、わたしはあったよ。

いろんな状況の中で、子どもが諦めてしまう前に、諦めてしまった後でもまた戻れるように、サポートできる大人でありたいな、と思います。

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(最近ハマっているハライチの岩井さん)