O! MORO LIFE的ハロウィン
こんばんは、さきこです。
ハロウィンナイト、楽しんでいますか?
わたしは先週末、台風襲来の中すでに楽しんだのでいつも通りに過ごしております。
今回はその台風襲来ハロウィンパーティの個人的感想を書こうと思います。
このパーティはO! MORO LIFEプロジェクトという横浜市とstudio-Lが共同して行なっている、それぞれが日常で感じる「バリア(障害)」について考える市民プロジェクトから派生したパーティ。わたしは、今年の2月からゆるゆると参加しています。
基本的には普通の持ち寄りパーティ的なものなのですが「バリア」をテーマとした集まりなので、そこを意識したプログラムがあって。その一つが各テーブル毎に「バリア」を作ってコミュニケーションをとろう!というものでした。
目隠しテーブル、筆談テーブル、そして3本の指しか使っちゃいけないテーブルに別れてパーティを楽しみます。
わたしは、筆談テーブルにいました。その名の通り、喋っちゃダメ、筆談のみ!なテーブルです。
これがね、すごくたのしかったんですよ。
耳の不自由な方も同じテーブルだったのですが、一緒にたのしめてる感があってうれしかった。
あと、言葉を見える化することで話の流れが物理的に見えてより理解しやすかったりとか、「書く」という行為を経ることで「言いたいことを整理する」「どうしたら簡潔に的確に相手に伝わるか考える」ことが「喋る」よりも多くあって頭の体操みたいでそれも心地よかった。
言いたいことがあるときはペンを持つから、この人はこれから何か言おうとしているんだな、ということがよりわかりやすいのもよかったな。
文字だけでなく絵で伝えられるのも良い点でした。
もちろんタイムラグはあるし、言葉よりもすぐに伝えられない分もどかしさもあるけど。
でも、案外若者と親和性があるツールな気もしました。LINEとかTwitterとかデジタル版筆談と言えそう。
(最初はそれぞれが紙に書いたものを見せ合っていたのだけれど、最終的に大きな紙にみんなで書き込んでいく形になりました)
環境が障害を作る、とはよく聞く話ですが、これもその一例だなあって振り返ってみて思いました。
「耳が不自由な人と話すために筆談する」ってなんかすごく「してあげている感」があって、関係性が上下な印象なんだけど、「筆談ゲームをみんなでたのしむ」ってなると途端に「一緒に遊んでいる感」が強くなって、関係性がフラットになる。
簡潔に伝えようとするとタメ口で書いちゃうし、そういう意味でもフラットになったりします。
何はともあれ、ひとつのコミュニケーションツールとして「筆談」たのしいので是非。
あと、個人的にうれしかったことがもう一つ。
それは、参加者の方のひとりがブログを読んでくれていたこと。
さらっと、見てますよ〜的な他愛もない会話の一部だったんだけれど、うれしかった。
このブログは誰かに何かを届けたい!という思いから書いているわけではないけれど、やっぱり自分が発信したものを誰かが受け取ってくれているってうれしいんだなって改めて感じました。
ハロウィン終了まであと数時間ですが、みなさんもたのしいひと時を〜Happy Halloween🎃