アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

自分が安心する、がベース

こんばんは、さきこです。

おとといから週3日勤務が始まりました。
休職後同じ会社に復帰するのも初であれば、短縮業務も初…ドキドキの今週ですが、今日はその前の週のお話をベースに書いてみます。

先週、会社に1日だけ終日出勤しました。
2週間振りの仕事…めっちゃ怖かったです。
なので、いろいろ配慮してもらって、自分でも様々な想定をして臨みました。
それでも思った以上に、というよりかは経験しなければ思いも至らなかったことで辛かったです。
想定していたのは以下のようなこと。

・期間が空いているため、状況理解までに時間がかかる
・その為、要領よく動けない、各業務について以前の倍の時間がかかることを覚悟しよう
・クライアントさんと微妙な距離感が出来てしまうだろう
・そこは仕方がないので、またちょっとずつ信頼関係を築いていこう

実際に働いてみると、想定はしていてもやはり苦い思いはする。けれど、想定できている分、やり過ごすことはできました。
だけど、やり過ごせないくらい1番精神的にやられたのはもっと別のことでした。

自分の負担が周りの方に顕著に表れているのを目の当たりにする。

これが1番辛かった。
でも、じゃあやります!と言えない状況。出来るかもしれないけど、その後崩れてしまっては元も子もない。それは周りも理解してくれていて、やってよ、なんて言わない。むしろ気を遣ってくれて、大丈夫ですよ!と笑顔を向けてくれる。
だけど明らかに多い業務量をこなすその隣で制限してもらったものをする、これはとても辛い状況でした。

帰ってからもやはり引きずってしまって、大丈夫って言ってくれたけど本当はそんな事思っていないんじゃないか、わたしがいない時に何を話してるんだろう、わたしは居るだけで迷惑なんじゃないか、いやでも良いって言ったし、割り切ればいいし、でもわたしだったら理解はできても絶対やだな、いやでも、けど…と負のサイクルに入っていきました。

あ、これ、ダメなやつだ!
あかん!
1人で考えたらあかんやつ!

そう気付いて、かなり勇気を出して休みの日に職場の方に時間をもらい話をすることにしました。
現状ふたりの方と蜜な関わりがあって、話しといってもまあ、それぞれの方とサシでただ飲んでお茶してってだけなんですが。

それでも、普段職場ではじっくり話せない仕事のことや、それぞれの思い、今後自分はどうしていきたいかをお互いに共有できました。
週5日で働くのは難しいこと、その負担がふたりにダイレクトにいくのが見えることへの正直な気持ち、それでも今はここで働きたいこと、できることなら今までと同じようにフラットに意見交換をできる関係でありたいこと。

話し合いだけで何が解決することってあんまりないとわたしは思っています。
話し合った結果行動して初めて結果が出るし、なるべく早く大きな結果を出せることが、特に仕事という場面だと求められがちです。
でも、その行動を起こすために、話し合うってやっぱりすごく大事。
話し合って、お互いのことを共有して、認め合って、そうすると安心する。
うまくいってもいかなくても、この人たちとだったら立ち止まっても良い方向に進んでいけるんじゃないか、というちょっと能天気かもしれない気持ちになる。
そう思える関係性がベースにあると、不思議と仕事のスペックもあがるものです。
現に先週1時間で1〜2件しか書けなかった書類が、今週は2〜3件書けたし。手を抜いていたとかではなくて。安心したから余計なことを考える分のパワーを作業に当てられたんでしょうね。

『安心がベースにあって力を発揮できる』

大人になってから自分がほんとに安心できる場所を得るには、ほんとの部分で話し合うことが必要。ほんとの部分で話すためには、まず自分がどうしたいのか、どう感じているのか、を伝えられるようにならないといけないんだなあ、と思える一件でした。

自分のほんとの部分を他者に伝えるには、

自己分析をし結果を出さねばならぬ、
セルフマネジメントができればならぬ、
完璧な自分の中の答えを出さなければならぬ、

ってことではなくて、

ここまで考えたけどわかんなかった、
こういう事をしてみて結果は出ていないけどもう少し続けてみたいと思っている、
なんか、こう、〇〇って感じなんだよなあ〜

と今の自分のそのまんまを口にできることが必要なんじゃないかな。

自分を殺さないで、だけど相手のことも少しだけ考えて、『わかり合いたいから話してみたい』。
自分ひとりじゃ堂々巡りしちゃうから、あなたの頭を、時間を貸して欲しい。
これはとっても贅沢なわがままであると思う。
それでも、お願いして「いいよ」って言ってくれた相手にまずは甘えてみていいんじゃないだろうか。
話した結果わかりあえなくても、それはやっぱり哀しかったり苦しかったりするけど、腑には落とせる、納得できる。だから、次に進める。

関わる人すべてにする必要なんてない。
それでも、「会社の人にはしない」「プライベートの人にはする」ってカテゴリーで分けちゃうのも勿体ないなって思った。
会社の人でも話したい人には話せばいいし、友だちと呼ばれる関係でも話したくなかったら話さなくてもいい。
話したい人が今のコミュニティにいないなら別のコミュニティで探せばいい。
いろんなところに、いろんな頻度で関わるコミュニティを持ってもいい。
もちろん逆でも。
どっちでもいい。

大切なのは『自分が安心できる場所を、自分が安心できる分だけ確保する』ことなのではないかな。
明確な答えがないからしんどいけど。
それでも、自分の頭を使って、心を使って、身体を使って得た安心は、すごくあったかいものなんだなあって今は思う。

ただ、これ、変動するものなので、これで安泰!とはいかないんだよなあ。
変動しつつも自分の安心を保ちながら、子どもたちには安心できる場所を提供していきたい。
そして、ゆくゆくは自分で居場所を見つけられるようになって欲しいな。