アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

渋谷のラジオに出演してきた!〜前編〜

こんばんは、さきこです。
寒いですね。ウルトラライトダウンとかヒートテックとか、ユニクロの季節ですね。

さて、タイトルの件。
昨日、渋谷のラジオに出させてもらいました。
といっても約1時間の番組で声発したの30秒くらい。
最近お知り合いになった重光喬之さんのバーターです。社会科見学ですね。

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(真ん中が重光さん、一番左で友達の家のように寛いでいるのがわたし)

重光さんはfeeseという「難病・希少疾患当事者の生きる後押しを」を理念として活動する団体の代表です。(詳しくはこちら→https://www.facebook.com/feese.jp/
ご自身も脳脊髄液減少症(のうせきずいえきげんしょうしょう)という、小学生が覚えたがる呪文のような難病の当事者です。
何らかの理由で髄液が漏れ、髄液によってバランスが保たれている脳や神経系に負担がかかり24時間常に痛みがあるのだそう。(ニュアンスはあっているはず…正解が気になる方はググって)
でも、見た目には全然わかんない。
シュッとしていて、ちょっと顔色悪いかなってくらいの、よく喋るおもしろいお兄さんです。
見た目にはわかりにくい問題、難病に限らず、精神疾患とかセクシャルマイノリティーとか発達障害にもありますね。

ラジオのテーマは「難病・希少疾患患者の働き方」でした。
見えにくい苦しさに、どう理解を得て社会で生活していくのか。適切な支援をどうやって受けていくのか。

こういう話の時、随分前に福祉業界ではない友達とした会話を思い出す。
発達障害とかって最近よく聞くけど、それって結局"障害"に甘えてるよね」

"甘え"とばっさり切るのは乱暴だけど、でも完全に間違っているわけでもないような…その場ではうまく返答できず、もやもやした気持ちを今も少し引きずっている。
引きずり続けて思い至ったもやもやの原因で、現状言語化できることが二つある。

①健常、障害、難病関係なく、今の社会はとても生き辛く、他者を配慮する余裕がない。

みんな自分が生きるのに精一杯だ。
例えばわたしが属するアラサー女子の場合、仕事をして、お金を稼いで、おしゃれして、美容ケアして、インスタ映えする高カロリーフードを食べて、モデルのようなスタイルを目指して、結婚して、子どもを産んでみんなに祝福されないといけない。
ひとつでも欠ければ「残念な人」と見られる。もういい歳なのに、と。
かなりうがった見方だけれど、あながち間違いじゃないと思うのですが、いかがでしょう。
そんなタスクフルな日常で戦っているのに、目に見えぬ困っている誰かへの配慮なんて入る余地がない。

②障害、難病でも全く何にもできないわけではなくやれる事はある。だから、当事者が障害だから、難病だから、と全て諦めるのはなんか違う。

例えば一言で「発達障害」といってもその程度は人それぞれ。
大勢の中だと逃げ出したくなるくらい音や光に過敏でコミュニケーションに支障が出るけど一対一では落ち着いて会話ができる人もいれば、コミュニケーション自体が難しい人もいる。
特性だけでなく、環境や体調によっても大きく左右される。
環境や体調が良ければ、できることも増える。
当事者の特性や状況に合わせて、そうでない人と平等にやりたいことができるように、周囲のそうでない人が当事者にあった環境作りや調整を行うことを「合理的配慮」と言う。(これもニュアンス。正確さを求める方はwebで!)

「合理的配慮」というと、ハンディキャップを持つ人の周りにいる"そうでない人"はみんな何かしらの配慮をすべきだ、という強制感を感じてしまうので、わたしはあんまりしっくりこない。
昨日まで普通に出勤していたのに急に休まれたりすると、当事者の事情は頭で理解できても、だってできるじゃん、できてたじゃん、何でわたしが負担を背負わなきゃいけないの?って思う気持ち、理解できます。この部分は①と繋がる部分があるね。
あと、やってもないのに「難しい」「できない」ってすぐ言うパターンとか。いやいや、こっちだって初めてのことは怖いしやりたくない時だってあるよ!って言いたくなるよね。そこ健常、障害関係ないから!!って。

でもね。もし良かったらなんですけど、余裕がある時だけでもいいから、少しだけ背景を考えてみて欲しいな、と。

日常のささやかな事がうまくできなくて、失敗して、馬鹿にされたり、否定されたり、叱責されたり、数え切れないくらい経験してきのかもしれないな。
どうしてこんな事も出来ないんだろうと、自分を責めて否定して、実際に頭打ちつけたりして、自分を傷付けてきたりしたのかもしれないな。
周りと比べてできていない事実を、本人が誰よりも一番感じていて、一番悔しくて、一番不甲斐ないのかもしれないな。

健常の人に比べて、多かれ少なかれハンディキャッパーは自分の思い描く通りにできないことがあるのも事実。

日々精一杯生きている"そうでない人"たちに、抵抗感なくハンディキャップがある人たちと関われる機会を作れないかなあ、とぼんやり思う。
少しの配慮があるだけで社会参加しやすくなる人は思っている以上にたくさんいる。
でも、その人達のために!!!みたいな熱量多めな感じではなくて、自然にふっとできるような事はないかな。アプローチ方法はないかな。

で、そんな時に重光さんに出会って、お話をしてちょっと閃いたことがある、んだけど長くなっちゃったのでまた明日にします。
やたらと名前が出てくる重光さんについて気になった方はfeese(https://www.facebook.com/feese.jp/)を見てみてね!
ただの重光ファンのブログっぽくなってる。笑