アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

余裕とは

こんばんは、さきこです。

朝の通勤ラッシュを久しぶりに体験しました。
すごい。
乗車ってか、もはや収容され運ばれる感じ。
毎日だと慣れるんだろうけど…でも、やっぱりちょっと異様だと思うし、身体や心への負担は大きい環境だよな、と改めて感じました。

そんなことも含めて、ここ数日「余裕」について考えたり話したりする機会が多くて。

どうして、みんなこんなに余裕がないんだろう?

この問いが出る環境ってことは、少なからず余裕がある人たちなんだと思う。本当に余裕がない時ってそんなことを考える余裕すらないはずだから。
で、そんな人たちに囲まれているわたし自身も、それなりに余裕のある日々を今は過ごせています。

どうして、みんな余裕がないんだろう?

この問いに対して、人それぞれの答えや解決法があるだろうけど、わたしは「自分と向き合う」ことが必要だと思っています。
実体験として、自分と向き合うようになってから以前よりも切羽詰まらなくなったので。

「自分と向き合う」って「自分探し」ってことじゃない。(ブログタイトル、ジブンさがしだけど)
「自分と」向き合うって「ひとりで」向き合うわけではない。(むしろひとりだと結構難しいと思う)
「自分」は何が好きなのか、どういう時に楽しくなるのか、どういう人と接すると笑顔になるのかのか。
逆に、何が嫌なのか、どういう時に虚無感を覚えるのか、どういう人と接すると眉間にシワがよるのか、を感情に飲み込まれずに、少し冷静に観察する部分を持つ。
観察する→知る→向き合うってイメージ。
観察するために、いろんなモノやコトやヒトと関わって、刺激をもらう。刺激がなければ、反応がないから観察のしようもない。

ただ、今はその刺激が非常に多い時代で。
ひとつひとつをいちいち確認していられない。
全部を捉えようとすると物凄い速さで処理していかないといけない。そうして飲み込まれる。
自分では情報選別できてるから大丈夫、と思っている人でも、現代の環境下では結構至難の技だと思う。てか、かわたしはできない。
膨大な情報に飲み込まれて、常時刺激に晒されていると慣れ過ぎてしまって、もう好きとか嫌いとか楽しいとか虚しいとか、わからなくなっていく。
けど、確実に身体も心も反応はしているから、ちょっとしたきっかけでドバッと出てきたりする。
涙が止まらなくなったり、肌が荒れたり、胃が痛くなったり、大きな病気になったり。

わたしの場合はそれが過食衝動だった。
過食がピークだった時、症状だけを必死で抑えようとしてもできなかった。
そりゃそうだ、だって過食はあくまで身体からの反応に過ぎないんだから。
これするのもう無理だよ、これ以上やると壊れちゃうよっていう身体からのエマージェンシーなんだと、今はなんとなくわかる。
だから耳を傾けて、どの刺激に対して反応しているのか観察する。要因を見つけたら対策をする。その繰り返し。
そうやって必要にかられて、わたしは自分と向き合うようになった。
結果、生きるのが楽になった。楽しくなった。
すこし余裕が生まれた。

「自分と向き合う」って就活生とか厨二病の専売特許じゃない。
それに、みんな必要だと心のどこかで思っているはず。
だから、ヨガとか瞑想とかリトリートトリップが流行っているんじゃないかな。
個人コンサルとかコーチングとかメンターって言葉もここ最近よく耳にするけど、これって全部自分と向き合うためのサービスですよね。

人生の中で余裕のない時期は、程度は違えど誰にでもある。
でも、一億総余裕なし時代みたいになっちゃうのはどうなのかな。
じゃあ何とかしてよって言われても、わたしはわたしと向き合って結構楽しくやっているよってことを見せるくらいしかできないんだけれど。
その姿があなたの生きやすさに繋がるのなら、うれしい。