アラサー女子のジブンさがし

アラサー女子の日常雑感日記です。

触れたい、衝動。

五感セラピーというものを習い始めて10ヶ月ほど経つ。

子どもだったらそろそろお腹の中から出てきてもおかしくないくらい、四季は一巡しないくらいの長いような短いような期間。

その間にいろんな事があった。

仕事が変わって、
付き合う人が変わって、
休みの日の過ごし方が変わって、
家族との会話が増えて、
大切な人ができた。

五感セラピーは、その名の通り、視覚、聴覚、嗅覚、味覚(言葉)、触覚のバランスを整える事で心身ともに健康な状態にしていくものだ。
(詳しくは協会HPへ:http://gokan-japan.com/

五感セラピーにたくさん助けられて、けれど、五感セラピーでわたし変わりました!とは言えなくて…やっぱりちょっと、あやしい感じがしちゃうかなあとか、胡散臭さがあるかなあ、と感じてしまっていた。

正直、今もまだちょっとある。

けれど、それ以上になってきている思いもある。

それが、触れたい、ということ。
五感セラピーの触れる、をいろんな人にたくさんしてみたい、ということ。

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五感セラピーから私がもらったもの。

それは、自分の感覚を取り戻すこと。

取り戻した感覚を大切にすること。

大切な感覚が、なんかいいなあって思う方向に行動することを許すこと。

大切な感覚が、なんか嫌だな…て思うことから全力で逃げること。

大切な感覚が、大切な私が、感じること全て、ポジティブなものも、ネガティブなものも、否定はしないってこと。

感覚に従うって、言うのは簡単だけれど、行動に移すのは結構難しくて、側から見たらなんて事はないけれど、当人からすると毎回バンジージャンプ級に怖いこともある。

私の場合は、自分の主張をすること。

怖さを打ち消すために100本ノック方式で話し合いとか、議論の場に顔を出してみた。

けれど、結局は家族や大切な人との会話の中で満たされている。

どうでもいいこと、考えすぎなこと、けれど、その一つを言うだけでも泣いてしまうような私は、泣かないように強くなる代わりに、「泣いてもいいよ、話して、聴かせて」と言ってくれる人を見つけた。

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いろんな人の、いろんな身体に触れてみたい。

言葉にできない苦しさやもどかしさに、
いつの間にか背負ってしまったもの、
現代の呪いにがんじからめになっている心、
そういう、いろいろに触れたい。

これは、ただのエゴで、
そんなデリケートな部分、他者に見せたくないって人もいると思う。

それでも、中には、
もうひとりで抱えきれなくて、
手放したくて、けれどその一歩が踏み出せなくて、音にならない声で助けを呼んでいる人もいるのかもしれない。

昔の私みたいに。

もしかしたら、その人の一歩に
触れることが、役立つのかもしれない。

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BUMP OF CHICKENの「プレゼント」という曲を聴くと思い出すシーンがある。

10年くらい前。
過食嘔吐がピークだった時、食べて吐いて、
力尽きたトイレの中のこと。

『世界に誰もいない気がした夜があって

自分がいない気分に浸った朝があって

目は閉じてる方が楽 夢だけ見ればいい

口も閉じれば 呆れる嘘は聞かずに済む


そうやって作った 頑丈な扉
この世で一番固い壁で 囲んだ部屋
ところが孤独を望んだ筈の 両耳が待つのは
この世で一番柔らかい ノックの音』

『このままだっていいんだよ  勇気も元気も生きる上では
無くて困る物じゃない  あって困る事の方が多い
でもさ
壁だけでいい所に わざわざ扉作ったんだよ
嫌いだ 全部 好きなのに』

何度、消えてしまいたいと思ったろう。
何度、もう終わりにしたいと思ったろう。

それでも、その都度、
誰かの何気ない一言や、
ふとした出会い、
その間ずっと見守っていてくれた家族に、
手を借りて、引っ張ってもらって、
ドアを開けて、今がある。

大好きな人に、大好きだよって言えて、
大丈夫だよって抱きしめることができて、
喧嘩もしたり、それ以上に笑って、
幸せだねえ、なんて言い合える今がある。

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一人の人間が、一生の間に、本当に支えられる人は自分を含めてひとりか、ふたりだと思う。

だけど、立ち上がる手掛かりに、もうちょっとだけ前に進む後押しには、
きっと、もうすこしたくさんの人のきっかけになれるのではないかな。

その為に、まず、いろんな人に触れたい。
そんな触れたい欲求が俄かに高まっています。

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