アラサー女子のジブンさがし

アラサー女子の日常雑感日記です。

年の暮れに

今年の10月初旬、実家から今暮らしているお家に引っ越す前の日。バタバタで決まって、準備もちゃんとできているとは言えず、自分の荷物のこと、これから暮らすお家の整理のこと、たのしみとたくさんの不安で、でも頑張らなきゃって糸がぷつんと切れて、急に溢れ出した。わたしは、えーん、えーんと小さな子のように泣いた。
母が困った顔をして、ごめんね、ごめんね、と背中をさすってくれた。


少し落ち着いて、もう寝ようとなったけど、寝付けなくて、両親の寝室に行った。
その日、父は飲み会で遅くて、母は一人だった。わたしを見ると、母は布団の中に迎えてくれて、小さな布団の中でぎゅうっと抱きしめてくれた。


次の日、今のお家で寝不足と泣きすぎでぐちゃぐちゃだったわたしを、旦那さんが抱きしめてくれた。笑顔で、いっぱい泣け泣けーと明るく言ってくれた。


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社会に出て一人暮らしを始めると親の有難みがわかる、とよく言うけれどわたしは実感がなかったタイプの人間だ。
むしろひとりで全部を決められて、何をしてもよくて、寂しさもあったけど、楽な部分も多かった気がする。


結婚して、主婦になってわかった。
今までどれだけ親に甘えていたか。
周りの人たちに助けられて生きてきたか。
新しい家庭を築いていく中で、与える側になっていく中で、今までどれだけたくさんのものを貰ってきたのか、痛いくらい。


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去年の今頃はニートで彼氏もなかった。
今はやさしい旦那さんと、わんぱくな犬と日々、笑ったり、喧嘩したり、なんやかんやと暮らしている。


怒涛の一年だった。


カンボジアにも行ったし、御蔵島でイルカとも遊んだ。ワークショップを開催したり、ダチョウの卵をみんなでわいわい食べたのも今年だ。
いろんな人に会って、いろんな想い出を共有したはずなのに、はっきりくっきりと覚えているのは僅かだ。


たくさんあったいろいろなこと全部をちゃんと覚えていなければ、ちゃんと糧にしていかなければ、と思っていた時に、先生にもらった言葉がある。


皮膚が憶えているから大丈夫よ


記憶として残らなくても、感覚として肌が憶えている。だから、ふとした瞬間に思い出して嬉しくなるんだ。溢れてくるんだ。


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NPOで知り合った、同い年の大好きな女の子がいる。彼女はいつも出会い頭にハグしてくれる。久しぶりだね、最近どうよと、よしよししてくれる。
その感覚がとてもつなく気持ちよくて、あったかくて、だから時々無性に会いたくなる。


とても勉強熱心で、フラットでいようとしていて、でも素直で綺麗な傷付きやすいものを持っているように見える彼女が、それを隠して笑顔でいる彼女が、すごくかわいくて、格好良くて、とても好きだ。


好きだなあって思う人には、みんな触れ合った想い出があるな、そんな事を思う。


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平成最後の年が暮れるね。
来年はどんな人に出会うんだろう。
どんな事をして、どんな感情を味わうんだろう。また、ひとつひとつを覚えていられないくらい怒涛の日々なんだろうか。


でも、きっと大丈夫。
ひとつひとつ、丁寧にその時を感じたら、ちゃんと身体は憶えてくれてる。
全部を栄養にして、きっとまた、素敵になれる。わたしも、みんな、誰も彼も。


2018年、お疲れ様でした。
良いお年をお迎えください。

 

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