アラサー女子のジブンさがし

31歳、独身、彼氏なし、貯金そこそこ、実家暮らし女子の雑感です。暇つぶしにどーぞー

家族だからって分かり合えなくていい

わたしと父は考え方がけっこう違う。

わたしは感覚的な考え方で生きていて、父は論理的な考え方が好きなようだ。

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横浜トリエンナーレの展示。なんとなく家族っぽかったので)


ちいさい頃、父に遊んでもらった記憶があまりない。写真では残っているので単に忘れているだけだと思う。
一般的な基準より背が高く、仕事に邁進する父がわたしは怖かった。
と、いうよりあまり家にいないので、どう接していいのかわからなかった。
無条件に、そして分かりやすく溢れ出んばかりの愛情をくれた母とは対極の人。
同じ屋根の下にいても、どう接したらいいのか、どうしたら愛してもらえてることを確認できるのか、わからなかった。

大きくなるにつれ、どうやら父は論理的に話すことを好むのだ、と子どもながらに察した。
具体的にはうまく言えないけど、どうやらこういう風に(論理的に)話せば、父はわたしを見てくれるらしい。
とは言えどんなに頑張っても経験や年齢の差には敵わず、いつも途中で嫌になって拗ねていた。

それは、おかしい。それは、違う。それは、間違っている。

そこまで、父が実際に言ったかは覚えていない。けれど、そう言われているとずっと感じていた。
その感情はわたしの外に出ることなく、蓄積されていくうちにこんな風に変わっていった。

お前は、おかしい。お前は、違う。お前は、間違っている。

かなしかった。さみしかった。
けど、自分の気持ちをうまく表現できないわたしは距離を取ったり、知らんぷりしたり、怒ったりすることしかしなかった。

かなしかった。さみしかった。
その裏にあったのは、認めて欲しい、という気持ちだった。
だから社会人になって、意図せず企画の仕事についた時、論理的に話す必要に迫られて鍛えて少しだけ力がついた時、父がわたしの言葉に耳を傾けてくれるのが嬉しかった。
わたしの意見に、時には納得してくれると言い難い充実感があった。
けれど、やはり向き不向きはあるようで、その仕事は長続きしなかった。
論理的に考えられないわけではない。必要性もわかる。けれど、わたしの行動はずっと感覚と直結していたし、感覚で動く方が失敗もたくさんあったけど得るものも多くて、何より楽しかった。

父の考え方が悪いのではない。わたしのとは違うだけ。
優劣ではない。違うだけ。
どっちも必要で、どっちも一緒に存在できる。
考え方なんて違っても、愛してもらえる。
所詮、その人の一部にすぎない。

日本男子は愛情表現が苦手というけれど、父は例に漏れずで、わたしはずっと不安だったのだと思う。愛されたかったのだと思う。

かなしかった。さみしかった。
認めて欲しかった。
愛してほしかった。

この歳になってから、この歳になったから、父と話す機会が増えた。
話していくとわかることもあるし、思い出すこともある。
遊んでくれた思い出、嬉しかった言葉。
それが本当に正しい記憶なのかは曖昧だけど、あたたかい気持ちになるのは確かです。

考え方が違っても、一緒に暮らせる。心配しあえる。労わりあえる。励まし合える。
四六時中ではないけど。嫌な時だってあるけれど。

こう思えるのは、自分の軸がしっかりしつつあるから。
誰になんと言われても、身内にやんや言われても、それでも「これはわたしにとって、とても大事にしたいもの」があるって、何よりもの安心感だな、と思う。
まだ、ブレる時もあるけど。

わたしは、どんなに非効率でも、関わるって決めた人とはちゃんと一人一人と向き合いたい。
そこだけは大事にしたい。

そんな事をふと思った、夏の終わりの金曜夜でした。
明日も仕事だけどね。